AI時代、なぜIndustrial Techが面白いのか
先月末に、横浜市主催のウェビナーに登壇しました。Morgan StanleyのMaria Ichizawaさん、Geodesic CapitalのRayfe Gaspar-Asaokaさんとご一緒させていただき、色々と考えたことがありましたので、まとめておきます。
5つのインサイト
1. AIはもうソフトウェアだけではない
AIの急速な普及は、電力だけでなく、半導体や先端製造業など産業全体の需要を押し上げています。それに伴い、新たなClimate / Industrial Techの投資機会が生まれていることは、パネルを通じた大きなテーマでした。
例えば、私が勤務しているImpact Science Ventures (ISV)では、今年は次世代地熱のFervo EnergyのIPO、半導体スタートアップが大手AI企業に買収された案件という二つのエグジットがあり、こうしたマクロトレンドを実際に感じています。産業イノベーション・脱炭素化は、引き続き魅力的な投資領域であると思っています。
また、VC投資のトレンドも変化しているという議論にもなりました。Rayfeさんからは、過去10年はエンタープライズソフトウェアやシェアリングエコノミー、マーケットプレイスといった領域が主流で、ハードテック・ディープテックは影に隠れていたものの、近年ではメジャーな投資領域の一部になっているという指摘がありました。
これは私自身のテック業界でのキャリアにも反映されている(エンタープライズソフトウェアのQuid、マーケットプレイスビジネスのDoorDash、ハードテックのISV)と思うと、少し感慨深かったです。
2. AIが生む新しい課題
AIによる機会創出だけでなく、新たに生まれる課題についても話は広がりました。アメリカでは、データセンターに対する地域コミュニティの反対運動が連日報道されています。背景には、電力需要とそれに伴う電力価格の上昇、水資源への負荷などがあります。
私自身、データセンターが集中するバージニア州に住んでいることもあり、電力需要や電気料金をめぐる議論を以前より身近に感じるようになりました。
スタートアップ側でも、CFOやコミュニティとの関係を担当する人材を早めに雇うといった動きがあるようです。こうした社会的な背景が、データセンターや関連プロジェクトに与える影響は、VCとしてももっと意識すべき論点であると再認識させられました。
3. Sustainability / Climate Techのナラティブが変わっている
Sustainability / Climate Techをめぐるナラティブが、大企業とスタートアップの双方で変わっていることも大きな発見でした。
Mariaさんからは、企業が大きなサステナビリティー目標を掲げることから、より具体的な価値創造とリスクマネジメントにシフトしているという指摘がありました。我々が連携しているスタートアップ側でも、国際的な競争力やAIによるエネルギー需要への対応という、サステナビリティから一歩踏み込んだ文脈で語られるようになっています。
例えば、AIや電化の進展、地政学的リスクの高まりを背景に、各国で重要鉱物や素材のサプライチェーンを見直す動きが進んでいます。しかし、単に従来の製造プロセスを国内に戻すだけでは、コスト面で競争力を持つことは難しい。そこで、国内生産を経済的に成立させるためには、製造そのものを新しい技術で変えていく必要があります。
一例が、銅精錬のスタートアップStill Brightです。AIや電化によって銅需要が増える一方、原料となる鉱石の品位は低下しており、環境負荷の高い精錬工程の多くは海外で行われています。同社は電気化学プロセスを活用することで、低品位の原料からでも、よりクリーンかつ低コストで国内精錬を可能にすることを目指しています。
トランプ政権になり、「クライメートテックの機会自体がなくなっているのではないか」とよく聞かれます。しかし、Climate Techを取り巻くナラティブは変化しており、依然としてIndustrial Techスタートアップには大きな機会があると考えています。
4. これから注目している点
一方、AIがハードテックそのものをどう変えていくのかについては、まだ発展途上だと感じています。今後、特に注目したいのは二点です。
① AIがハードテック製品そのものをどう変えるのか
ISVの投資先でも、FervoのようにAIを使ってデータ分析をすることで井戸の掘削コストを削減している会社や、Copernic CatalystsのようにAIを使って触媒開発を加速させている会社など、プロダクトへのAI導入は進んできています。こうした動きが今後どのように進化していくのか注目しています。
② AIがハードウェアの開発スピードを変えるのか
ソフトウェアでは、AIによる製品開発の加速が著しく、アーリーステージの会社でも非常に洗練された製品を短期間で作れるようになってきています。その結果、従来のSeries A/B/Cといった資金調達ステージと、スタートアップの実際の成長スピードが合わなくなってきています。
同じような流れがハードウェアにも起きるのかという点にも、関心を持っています。もしAIによってハードウェアの開発サイクルも加速していくのであれば、アーリーステージのスタートアップとの関係構築や連携は、今まで以上に重要になるのではないでしょうか。
5. 日本企業のオポチュニティ
日本でも「AIをどう活用するか」が話題になっていますが、同じくらい重要なのは、AIによって生まれる産業課題を解決するハードテックを、どう生み出していくかという視点だと思います。
その一つの方法が、米国スタートアップとの連携です。スタートアップのイノベーションと、大企業が持つ経験・知識をうまく組み合わせることができれば、スケールアップに繋がる大きな可能性があります。特にアーリーステージのスタートアップとの連携では、企業側が自社の課題解決につながる製品を一緒につくっていけるというメリットがあります。
最近、アーリーステージのスタートアップとの協業で印象に残ったのが、ある日本企業と、投資先のPre-seedスタートアップとの取り組みです。その企業のイノベーションチームには、事業部を兼任するエンジニアリングバックグラウンドのメンバーが多く、自社の事業課題と技術的な制約の両方を理解していました。
特に印象に残ったのは、「どんな技術を持っていますか?」とスタートアップに聞くのではなく、「私たちにはこういう事業課題がある。どうすれば一緒に解決できるか?」というところから対話を始めていたことです。最初から一緒にアイデアを出し、スタートアップを技術の提供者ではなく、自社のR&D機能を補完する問題解決のパートナーとして捉えていました。
もちろん、協業には難しい部分もあります。特に大きいのが、スタートアップと大企業のスピード感の違いです。私が初めてスタートアップに入った時、「スタートアップはdog years(犬の時間軸)で動く」と教わりました。スタートアップの一年は、一般企業の七年に相当するほど変化が速い、という意味です。スタートアップは非常に速いサイクルで動く一方、長い歴史を持つ日本企業では、計画や意思決定により時間をかける傾向があります。この違いを認識し、早い段階で意思決定やコミュニケーションの進め方をすり合わせることも重要です。
つまり、アーリーステージのスタートアップとの協業で重要なのは、完成した技術を探すことではなく、早い段階から課題を共有し、一緒に解決策をつくることだと感じています。